KENCHIKUYA MAECHOU
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桃浦の避難所にお風呂を届けよう!報告

ご報告が遅れました。

「桃浦の避難所にお風呂を届けよう!」
の掛け声のもと、多くの方々にご協力、支援を頂いて無事に2棟のお風呂棟と、1棟の待合所を建ててくることが出来ました。
過去の記事 → 「桃浦へ」  「桃浦へ②」
●日程●

3月23日 現地調査の為に現地へ
3月24日〜29日 前長作業場や、関係各所での材料加工・制作のための準備期間

宮城県石巻市桃浦にて、3日間の現場作業
3月30日(1日目)基礎杭工事
3月31日(2日目)建て方・木工事
4月1日(3日目)仕上げ工事

● ● ●


桃浦の港にて
堤防は海の底に倒れて、1mの地盤沈下により海面まで30㎝程となってしまった波止場。
大潮の時は波が押し寄せて、漂流物が打ち上げられる


桃浦の港にて
津波によって流失した木造住宅
しっかり組まれていた為か、屋根だけになっても崩壊せず、波に漂って流されたそう


桃浦の港にて
木も電灯も、ほとんど全てのものがなぎ倒されているけれど、来る途中に見た景色と違い、泥が混じっていないし、海独特の匂いも埃っぽさも無く、空気が澄んでいるように感じた。海も空も、何事も無かったように穏やか


桃浦の避難所にて
避難所になっている萩浜小学校のある高台から海を見る。
この日も自衛隊の方が支援物資を届けに来ていた
お昼頃にはボランティアの若者が笑顔でやってきた
NHKの方が、取材?では無く、TVをつなぎにやってきた
知り合いの安否を確認するためにも、何台かの車がやってきていた


桃浦の港にて
海沿いに広がる樹齢20年程のスギ林では、一部がえぐり取られるように津波になぎ倒されてしまっている


避難所近くにて
海と山が近いこの地域では、沢水が湧いていて、日常的に使っていたそう。
支援の届かなかった最初の3日間はこの沢水を飲んで命をつないだとのこと
この水がなかったら、今回のお風呂作戦は成立しなかった!


現場の様子
3日目、浴槽の搬入。外部の水タンクや、薪ボイラーへの接続を、実際お風呂に入って確認中
こうやって見ると、素人大工が張った男風呂の壁は隙間だらけ。。。笑

地元の漁師さんが中心となって、漂流してきた丸太を引き揚げて、チェーンソウを使い玉切りにしている
人生経験の豊富なおじいさんが、斧を使ってひょいと、薪割りのお手本を見せると、それを見ていた若者があっという間にコツを掴み、心地よい音を響かせながら薪を量産していく


割られた薪を井桁積みにして、乾燥中
沢水と、薪で沸かすお風呂は、電気が無くても、灯油が無くても、時間と体力がある限り、いつでも入ることができる。
避難所生活が続くしばらくの間、繰り返し使う事が出来るお風呂が桃浦の方達の心と体の健康を保つ事に少しでもお役に立てたとすれば、私達はとても嬉しい


今回の体験を通して、私達は多くの事を学ばせていただいたと思う
大自然と常に対峙して生きる漁師の方達の潔さには、衝撃を受けた

もし自分がその立場に立ったら、
津波に襲われて何もかも失くしてしまった時でも、笑顔で冗談が言えるのかな
自分の生活もままならない時に、みんなの為に行動する事が出来るのかな
他人の子供に本気で説教出来る人になれるのかな
他人の粗相を笑って許せる人になれるかな

全ての答えはまだ出てないし、本質を理解しているかどうかもまだ分かりません
でも今回の出会いは、人生の大きなチェックポイントになったと思います。
大きな大きな力を頂きました。ありがとうございました。

日本の新たな再生に向けて、一歩ずつ前進していけるように。
がんばろう、日本!

p.s. 大きな余震の後、タンクが落ちなかったか心配していたら、無事を知らせる電話があったそうです。お風呂には、班ごとに入っているみたいです。

最後まで読んでくださってありがとうございました。 
by前香
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